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インタビュー INTERVIEW / がんの親玉'がん幹細胞'を標的にして根本療法を実現する / がん幹細胞 研究分野 分野長 平尾 敦 金沢大学 教授

「がん幹細胞」とはどういうものですか? また、近年なぜ注目されているのでしょう。

平尾 :がん組織を構成する細胞は、その能力が均一ではなく、一部に腫瘍をつくりだす源になる特定の細胞集団(腫瘍起源細胞)が存在することが知られるようになりました。この腫瘍起源細胞は、正常組織内で次々に細胞をつくり出す「幹細胞」と同様のイメージから、「がん幹細胞」と呼ばれるようになりました。たとえ、治療の効果があっても、がん幹細胞が根絶されず、残っていれば、その細胞がまたがん細胞をつくり出して再発したり、別の場所に生着して転移したりする恐れがあると考えられ、がんの根絶のために最も大事なターゲットとして注目されています。

このようながん幹細胞の概念を支持する研究結果が最初に示されたのは、1997年のことです。血液のがんである白血病の患者さんの血液サンプルの中に、白血病を発症させるもとになる一部の細胞集団があることが突き止められました。このような細胞を標的にしなければ根治につながらないことがわかり、世界中の研究者が驚きました。そのあと、いくつかの固形がんでも同様の報告がなされ、現在は、がんの根本療法のアプローチとして、がん幹細胞を治療の標的にしようという研究がさかんになっています。

本チームではどんな研究・開発に取り組んでいますか?

平尾:私の指定課題では、白血病のがん幹細胞がどのようにして生き残るのか、そのメカニズムを調べています。正常な幹細胞は、様々な細胞や組織をつくり出す大事な細胞なので、「守られるシステム」が備わっており、攻撃を受けても簡単には死なないようになっています。がん幹細胞では、この「守られるシステム」を変化させたり、増強させたりすることによって、治療によって死滅させられることを回避しているのではないか、と考えられます。そこで、私たちはがん幹細胞の生き残りにどんな分子が大事なのかを特定し、その分子の働きを阻害することでがん幹細胞をたたく分子標的薬を開発しようとしています。標的分子として、特に、栄養シグナルを伝える分子に着目して研究を進めています。

永野 修 助教(慶應義塾大学)の指定課題でも、がん幹細胞の生き残り戦術のしくみを利用したアプローチをとっています。ある種の抗がん剤は、活性酸素による酸化ストレスを与えることでがん細胞を殺しますが、がん幹細胞には酸化ストレスを回避する機構が備わっていることがわかっています。永野助教授は、CD44という分子を中心とする酸化回避機構が、がん幹細胞の維持に非常に重要であることに注目し、これをターゲットにしています。対象としているのは、乳がんや消化器がんです。

鯉沼代造特任准教授(東京大学)の指定課題では、悪性脳腫瘍であるグリオーマの幹細胞を標的とした治療法の開発を進めています。グリオーマはがん細胞が脳の中にしみ込むように広がるため、手術で完全に取り除くのは難しく、予後の悪いがんとして知られています。鯉沼特任准教授のグループは、グリオーマの幹細胞の維持に、TGF-βと呼ばれるタンパク質が大きく寄与していることを突き止め、この作用を遮断する阻害薬を開発しようとしています。また、グリオーマのほかにスキルス胃がんも対象にしています。

近藤 亨 教授(北海道大学)の指定課題でも、グリオーマの幹細胞を標的にした新しい治療法の開発に取り組んでいます。近藤先生はマウスやヒトのサンプルを使って、神経幹細胞の維持や分化の分子機構を調べてきました。そうした研究をベースとして、グリオーマの幹細胞に特異的に発現している膜タンパク質を特定して、その抗体医薬をつくることを目指しています。

このように、指定課題では、がん幹細胞の研究が比較的進んでいるがんを対象にしていますが、公募課題では、対象とするがんの範囲を広げるため、大腸がんや肝がんなども取り上げています。また、治療法もバラエティに富むように構成されています。分子標的薬のリード化合物の探索や、抗体医薬の開発だけでなく、公募課題では、遺伝子組換えウイルスを脳腫瘍の幹細胞に導入して殺す方法の開発も進められています。リード化合物の探索には、本プロジェクトのハイスループット・スクリーニング基盤も利用しています。

がん幹細胞を標的とする根治療法の開発

がん幹細胞はニッチと呼ばれる微小環境に存在し、増殖・分化してがん細胞をつくり出す一方、自己複製する。がん幹細胞は、いつでもがん細胞に分化できる「未分化性」を維持し、周囲からのストレスに耐えるしくみをもつ。このしくみに必要な分子を阻害すれば、がん幹細胞を殺すことができると考えられる。また、がん幹細胞自体を標的とする抗体医薬なども有望である。

がん幹細胞の研究で難しいのはどのような点ですか?

平尾:がん幹細胞は、がんの種類によって性質が大きく異なります。また、がん幹細胞の概念やアプローチがフィットするがんと、そうでないがんがあるので、それを見きわめなくてはなりません。がん幹細胞の研究が進んでいる白血病やグリオーマでも、がんのタイプによってはがん幹細胞の概念がフィットしない場合もあるのです。まずはどんながんに有用かをいかに見きわめるかが課題です。

また、がん幹細胞と正常な幹細胞は似ているため、両方に共通するしくみを攻撃すると、正常な幹細胞も影響を受けてしまいます。このため、がん幹細胞に特有のしくみを攻撃する必要があります。たとえば、ES細胞やiPS細胞、あるいは胎児のときに働く幹細胞でのみ使われ、大人の体の中では発現していない分子があります。がん幹細胞の中には、このような分子を使って生存しているものがありますので、がんにのみ効く治療のためにはいい標的になります。また、現在の分子標的薬の多くは、がん細胞に特有の遺伝子変異でできる分子をたたくものですが、そのような治療のときにだけ反応して働く分子もあると考えられます。そのような分子の中で、正常の細胞ではあまり大事ではないものを探すことも重要となります。

FACS(fluorescent activated cell sorter)

FACS(fluorescence activation cell sorter)

ばらばらにした細胞を液流に乗せて流してレーザー光をあて、細胞が発する蛍光に応じて細胞を分ける装置。がんの各ステージに特有の蛍光マーカーで細胞を染色しておくと、目的のステージにある細胞だけを分け取ることができる。

本チームの抱負をお聞かせ下さい。

平尾:この分野は研究がさかんになってまもない新しい研究分野です。幹細胞という新しいアプローチによって、次々とがんの本態がわかりつつあります。本プログラムでは、このアプローチによって、治療抵抗性の問題を解決し、がんを根本的に治療する方法を開発したいと思っています。

がん幹細胞の研究は世界中でますますさかんになっており、国内からもたくさんのいい成果が出てきています。本チームの横断的なアプローチによって、研究の躍進を図りたいと思います。

(2013年3月掲載)

平尾 敦(ひらお・あつし)

金沢大学 がん進展制御研究所 遺伝子・染色体構築研究分野 教授
自治医科大学医学部卒業後、徳島大学で博士(医学)を取得。日本学術振興会特別研究員-PD、トロント大学オンタリオがん研究所博士研究員、熊本大学発生医学研究センター助手、慶應義塾大学医学部助手、同助教授を経て2005年より金沢大学がん研究所教授。2012年、研究所の改称により現職に。血液幹細胞が維持されるメカニズムの研究で日本学術振興会賞、文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)を受賞。そのユニークな着眼点と研究手法を活かしてがん幹細胞の研究に取り組む。