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TOP > インタビュー > 革新的がん医療シーズ育成領域  分野長 東京大学 秋山 徹

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インタビュー INTERVIEW / がん細胞が生きられない環境をつくる / がん微小環境研究分野 分野長 秋山 徹 東京大学 教授

がん微小環境の研究が近年さかんになったのは、なぜでしょうか?

秋山:がんというのは、がん細胞だけで構成されているわけではなく、正常な細胞もいっしょになって小さな"宇宙"をつくっています。これを「がん微小環境」と呼んでいます。例えば、がん細胞に栄養や酸素を送り届けるために、がん組織の中には血管やリンパ管が入り込んでいます。また、線維芽細胞や、マクロファージなどの免疫細胞も混じっています。これらの正常な組織や細胞は、がん細胞と情報をやり取りすることにより、がん細胞の増殖を助けていることがわかってきました。

そこで、そのやり取りを断ち切ることでがんを治療する薬がつくれるのではないかと考えられ、研究・開発がさかんに行われています。すでに、薬として使われているものや臨床治験中のものもありますが、まだ、一部の患者さんには効果がない、長期間使い続けなければならない、副作用があるなどの欠点があります。こうした欠点を克服するために、がん微小環境をより深く理解しようと研究が続けられています。日本でも独自の研究が行われており、その中からユニークな薬が出てくることが期待されています。

本チームでは、どのような課題に取り組んでいますか?

秋山:このチームには、5つの指定研究課題があります。

がん微小環境の概念と、がん微小環境研究分野の指定研究課題の位置づけ

私が行っている「がん微小環境を標的とした革新的治療法の実現」では、これまでとは違うしくみの血管新生阻害剤の開発を目指しています。大腸がんなどでは、APCというがん抑制遺伝子に変異が起こっており、変異したAPCからつくられるタンパク質は断片化しています。私は以前に、この断片化タンパク質がさらにAsefというタンパク質を活性化して血管新生を促すことを発見しました。Asefをもたないマウスではがんができにくいことも確かめており、Asefを阻害する薬はがんの治療薬になりうると考えて研究を進めています。

また、がん幹細胞に関する研究も行っています。私たちは、「正常な細胞には不必要だが、がん細胞の生存には必要な遺伝子」があるだろうと考えています。そのような遺伝子は、がん幹細胞で発現している可能性が高いはずです。私たちは、膜タンパク質を中心にそのような遺伝子を探索し、タンパク質の働きを抑える抗体をつくり始めています。

坂本毅治助教(東京大学)の「MT1-MMP及び周辺分子を標的としたがん組織制御薬剤の開発」では、MT1-MMPというタンパク質分解酵素を標的とした研究を行っています。この酵素はがんの浸潤に大きな役割を果たすことから、多くの研究が行われていますが、まだいい薬が発見されていません。そこで、この課題では、従来とは異なるアプローチで研究を進めています。

武藤誠教授(京都大学)の「微小環境に注目したがんの治療戦略開発」では、細胞間でやり取りされているケモカインという物質についての研究を行っています。大腸がん細胞からケモカインが放出され、それによって引き寄せられた別の細胞が大腸がんの浸潤を促したり、逆に大腸がん細胞がリンパ節に引き寄せられて転移すると考えられています。そこで、これらのケモカインの受容体を標的とした治療薬ができれば、大腸がんの悪化や転移を防ぐことが期待されます。

佐藤靖史教授(東北大学)の「Vasohibinファミリーを応用したがんの発育・転移の制御」では、佐藤教授が世界で初めて発見したVasohibinについて、オリジナリティの高い研究を行っています。Vasohibinには、血管新生を抑制するVasohibin-1と、促進するVasohibin-2の2種類があります。現在、Vasohibin-1の働きを強める方法と、Vasohibin-2の働きを抑える方法の両面作戦で、治療薬の開発を目指しています。

近藤科江教授(東京工業大学)の「低酸素誘導転写因子活性を有する腫瘍内細胞の根絶を目指す環境センシング機能タンパク製剤の開発」では、低酸素状態で効果を発揮する治療薬の創薬を目指しています。大きながん組織では、中心部が酸素不足になりがちです。多くの細胞は低酸素状態で生きることができませんが、一部のがん細胞は低酸素状態でも生きることができます。この低酸素への適応のしくみを研究し、それを標的とした治療薬をつくろうとしています。

本チームには、10の公募研究課題もあります。オリジナリティの高い「タネ」をもっており、なおかつ、創薬まで進めようという意欲の高い研究者が選ばれています。

がん微小環境に関する研究の難しいところは何でしょうか?

秋山:がん微小環境の研究では、がん組織の中でがん細胞と正常細胞の相互作用を調べる必要があるので、培養細胞だけでは十分な研究ができません。かといって、ヒトを使って実験するわけにはいかないので、マウスを使います。具体的には、免疫機能の一部をもたないマウスにがん細胞を移植し、そのマウスを使って実験します。しかし、マウスとヒトのがん微小環境は異なるので、実験は一筋縄ではいきません。それが、この分野の研究でいちばん難しいところです。

本チームの抱負をお聞かせ下さい。

秋山:がん微小環境は比較的新しい分野のため、まだまだ課題はあります。しかし一方で、いろいろなアプローチで挑戦する余地が残されているとも言えます。本チームでは、従来にはないオリジナリティの高いアプローチで研究に取り組んでいますので、新しい治療薬の開発につながるような研究成果を出すことができると考えています。

(2012年10月掲載)

秋山 徹(あきやま・てつ)

東京大学分子細胞生物学研究所 所長/分子情報分野 教授
東京大学農学部卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。医学博士。明治薬科大学助手、京都大学ウイルス研究所助手、東京大学医科学研究所助手、大阪大学微生物病研究所助教授、同教授を経て、1998年より東京大学分子細胞生物学研究所教授。2009年より同研究所所長。がん細胞周辺の正常な細胞を含む「がん微小環境」が、がんの増殖・抑制にどのように関連しているのか、がん遺伝子やがん抑制遺伝子に着目して研究を行い、新たながん治療法の確立を目指している。