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TOP > インタビュー > 革新的がん医療シーズ育成領域  分野長 京都大学 石川 冬木

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インタビュー INTERVIEW / がん細胞増殖の「現場」に踏み込む新発想の薬を求めて / がん染色体・分裂期チェックポイント 研究分野 分野長 石川 冬木 京都大学 教授

本チームの目標をお聞かせ下さい。研究分野名に入っている「チェックポイント」とは何ですか?

石川 :細胞は分裂を繰り返して増殖します。1個の細胞が分裂して2個の細胞ができるまでの一連の過程を「細胞周期」と呼びます。細胞周期が進む間に、細胞は大きくなり、染色体が複製されて2つに分かれ、細胞質も分かれて2個の細胞になります。ただし、細胞周期は複雑で、細胞にとっては危険を伴う過程でもあります。例えば、染色体の複製にまちがいがあるのに細胞周期が進むと、まちがった染色体をもった細胞は死んでしまいます。このため、細胞周期には、次の段階に進んでよいかどうかを判断するチェックポイントがいくつか設けられています。

正常な細胞にとってチェックポイントが重要であるのと同様に、がん細胞にとってもチェックポイントは重要です。本チームでは、このチェックポイントを標的として、がん細胞を殺す新しい薬をつくることを目標としています。

従来の化学療法薬も細胞周期に働きかけるものが多かったのですが、増殖の速い正常細胞にも影響するため、副作用を免れられませんでした。しかし、チェックポイントに着目し、放射線療法や化学療法と組み合わせたり、「合成致死」という戦略を用いることで、正常細胞にはほとんど影響を与えず、がん細胞にだけ効く薬をつくることが可能になります。

合成致死とは、遺伝性乳がんの治療薬から偶然発見されたメカニズムで、それぞれ単独で失活させても細胞が死ぬことはない2つの遺伝子を、同時に失活させると細胞が死ぬことをいいます。細胞は1つの機能を果たすために、2つの方法をもっているのが普通です。1つがダメになっても、もう1つが働けば生き延びることができるからです。しかし、正常細胞では2つとも働いているのに、がん細胞では、がんが成立する過程でそのうちの1つが失われている場合があります。このような場合に、もう1つを阻害すれば、がん細胞だけを殺すことができます。本チームの課題の多くは、広い意味でこの「合成致死」という戦略により、がん細胞を殺すが正常細胞には副作用がない薬剤をつくろうとしています。

各課題の研究対象について教えて下さい。

がん染色体・分裂期チェックポイント

細胞周期はG1期→S期→G2期→M期と進む。S期には染色体が複製され、M期には有糸分裂による核の分裂と細胞質の分裂が起こる。G1期とG2期には、細胞が成長し細胞小器官が増える。G1期からS期に入る前、S期内、M期内などにチェックポイントがある。これらをおもな標的として、各課題の研究が進められている。

石川 :このチームには、5つの指定研究課題があります。

私と清宮啓之先生(がん研究会)は、テロメアに関係した課題の研究を進めています。テロメアとは、染色体DNAの末端を保護している繰り返し配列で、細胞周期が1周するたびに少しずつ短くなっていきます。テロメアがなくなってDNAの末端がむき出しになると、染色体が不安定になり、やがて細胞は死んでしまいます。増殖の速いがん細胞にとってこれは不都合なので、たいていのがん細胞は、短くなったテロメアをまた伸ばすテロメラーゼという酵素をもっています。

私の課題では、このテロメラーゼを阻害する化合物の探索を行っています。また、清宮先生は、タンキラーゼという酵素を研究しています。タンキラーゼは、テロメアに結合しているタンパク質を取り外す働きをし、そのおかげで、テロメアはテロメラーゼのアクセスを受けやすくなります。清宮先生は、タンキラーゼ阻害剤の探索を進めています。

一方、肉腫(上皮細胞以外の細胞の悪性腫瘍)の多くは、テロメラーゼをもたないことが知られています。このような細胞は「相同組換え」反応によって、テロメアを回復します。そこで、私の課題では、この相同組換え反応を阻害することで、肉腫の細胞を殺す薬を探索しています。肉腫の患者さんはがん全体の1割ほどですが、若い人に多く、よい治療法がまだないので、ぜひ薬に結びつけたいと思っています。

また、放射線療法や化学療法でがん細胞のDNAが切断されたときにも、細胞周期はチェックポイントで一時停止し、その間にDNAが修復されます。そのため、修復反応を阻害する薬をつくれば、DNAが切れたまま細胞周期が進んでがん細胞は死んでしまうはずです。つまり、放射線療法や化学療法の効果を高めることができるのです。そこで、私の課題では、「末端融合」という修復反応を阻害する薬剤も探索しています。

八尾良司先生(がん研究会)は、Tacc3(transforming acidic coiled-coil-containing protein 3)というタンパク質を研究し、これを標的として薬の探索を進めています。細胞周期のM期には有糸分裂が起こり、複製された染色体は紡錘体に沿って移動し、両極に分かれます。この紡錘体の形成に重要な働きをするのがTacc3です。Tacc3は有望な標的と考えられます。

杉浦麗子教授(近畿大学)は、細胞の増殖を促すマップキナーゼ(MAPK)の経路を阻害する薬を探索しています。正常細胞の細胞周期では、G1期からS期に進む際に、R点(restriction point)というチェックポイントがあって、細胞が増殖しすぎるのを抑えるようになっています。しかし、がん細胞ではMAPK経路がR点を越えるように指令を出します。そこで、このMAPK経路を阻害する薬を探索しています。この探索には、杉浦教授が独自に開発したMAPK経路阻害剤のスクリーニングシステムを用いています。

公募課題も、がん細胞のチェックポイント機能を弱めるため、さまざまな標的を対象に研究を進めています。

本チームの強みは何ですか?

石川 :日本の細胞周期の研究は欧米と比肩しうる水準にあり、基礎研究の知識が豊富です。これを創薬に活かせることが強みです。細胞周期のしくみはヒトでも酵母でもほぼ同じであるため、酵母を用いて研究できることも有利です。

これまでの分子標的薬は、がん細胞で異常を起こしている酵素をおもな標的としてきました。酵素の活性は測定しやすいので、阻害剤のスクリーニングも比較的簡単です。しかし、細胞周期を動かすにはたくさんの酵素からなるパスウェイ(経路)が働くため、1つの酵素を標的として阻害剤を探してもうまくいきません。テロメラーゼの阻害剤を探索するにしても、テロメラーゼだけを対象としてアッセイしたのでは、ダメなのです。

そこで、本チームの課題の多くが、パスウェイを標的としています。酵母では、あるパスウェイが阻害されるかどうかを簡単に判定する系を組むことができます。この系を用いてパスウェイを阻害する物質が見つかったら、パスウェイの中のどの酵素を阻害しているかを調べ、スクリーニングに進めることができます。これまで知られていなかった標的が見つかる可能性も高いのです。

ただし、酵母を使う場合、得られた結果をそのままヒトに適用できるかどうかという問題があります。このため、酵母である程度知見が得られたら、ヒト細胞を使った研究を並行して始めることを考えています。

蛍光顕微鏡。蛍光タンパク質を使って、細胞内のタンパク質の位置関係などを調べることができる。

本チームの抱負をお聞かせ下さい。

石川 :がんで変異している酵素を狙った分子標的薬はすばらしい効果を発揮しますが、形の似た酵素にも作用して副作用を起こす場合があることが知られるようになりました。パスウェイを標的とし、合成致死という戦略をとることで、より副作用の少ない薬がつくれると考えています。細胞周期という、細胞増殖のための装置を対象とすることで、新しい概念の薬を生み出していきます。

(2013年3月掲載)

石川 冬木(いしかわ・ふゆき)

京都大学大学院生命科学研究科 教授
東京大学医学部卒業。医学博士。国立がんセンター研究所発癌研究部リサーチレジデント、東京大学付属病院助手、コロラド大学化学生化学部博士研究員、東京工業大学生命理工学部助教授、同教授を経て、2002年より現職。染色体テロメアの機能と構造の研究で知られ、テロメアという視点からがんと老化の研究に取り組んでいる。日本癌学会JCA-Mauvernay Award、日本人類遺伝学会賞、日産科学賞などを受賞。