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インタビュー INTERVIEW / 細胞の制御機構「エピゲノム」を診断と治療に応用する
 / がんエピゲノム 研究分野 分野長 近藤 豊 名古屋市立大学 部長

エピゲノムとは何ですか? がんとエピゲノムの間にはどのような関係があるのでしょうか?

近藤 :エピゲノムとは、ゲノムDNAがどのように使われるかを制御するしくみ全体のことです。しくみには、DNAメチル化、ヒストン修飾、非翻訳RNA、クロマチン(細胞核内でDNAがヒストンなどのタンパク質と結合した構造体)構築因子などがあります。1980年代に、がんに特異的なDNAメチル化の異常が初めて発見され、以後、分析手法の進歩によって、DNAメチル化異常が次々に見つかり、また、2000年代にはヒストン修飾異常も見つかって、研究が加速度的に進みました。さらに近年は次世代シーケンサーを用いた研究も進み、現在では、ゲノム異常とエピゲノム異常の両者が発がんに重要であることはおそらく間違いないだろうと考えられています。

実際にがんへの応用研究を進めていく上で、私はがん細胞のエピゲノムの次の点に着目しました。がん細胞のDNAメチル化には安定な領域があり、細胞分裂後も次の娘細胞に確実に継承されていきます。これは診断的意義が高いと考えています。一方、発がん過程では、ダイナミックに細胞の性質を変化させるヒストン修飾、非翻訳RNA、クロマチン構築因子が不適切に働き、その異常が蓄積されていくと考えられるので、これらのエピゲノムは治療標的としての意義が高いと思います。こうした考え方を基盤として、エピゲノムをがんの診断・治療に応用していこうと本チームが生まれました。

本チームの各課題では、どんな診断マーカーや治療薬を開発しようとしていますか?

近藤 :診断マーカーの開発は3つの指定課題で行われています。札幌医科大学の鈴木拓(ひろむ)教授の課題では、異常なDNAメチル化をマーカーとして、膀胱がんの早期診断法や胃がんの前がん段階で発がんのリスクを診断する手法を開発しています。国立がん研究センターの北林一生部長の課題では、同センターの牛島俊和部長が、DNAメチル化異常を食道がんの病態診断のマーカーとして用いる手法を開発中で、治療方針の決定に役立てることを目指しています。一方、私の課題では、血中に存在するDNAのメチル化異常に基づく難治性がんの早期診断法の開発を行っています。さらに、従来よりも簡便かつ鋭敏な新規異常DNAメチル化検出法の開発も行っています。

本チームの課題

本チームの課題

エピゲノムには、DNAメチル化、ヒストン修飾、非翻訳RNA、クロマチン構築因子がある。本チームでは、がんで異常を示すDNAメチル化を診断マーカーに用いるための研究(赤)と、ヒストン修飾にかかわる酵素などを阻害することでがんを治療する薬のリード化合物開発(青)に取り組んでいる。

治療薬のリード化合物の探索も様々なエピゲノムを対象に進めています。急性骨髄性白血病(AML)の発がんには、ヒストン修飾酵素をコードするMOZという遺伝子の異常(染色体転座により融合遺伝子がつくられる)がかかわっていることが知られており、北林部長の課題では、この遺伝子からつくられるタンパク質の働きを抑える化合物を探索しています。

これに限らず、エピゲノムに関係する酵素は、治療薬の重要な標的となりえます。すでに、DNAメチル化酵素とヒストン脱アセチル化酵素については、阻害剤が治療薬として使われています。そこで、理化学研究所の伊藤昭博先生の課題では、ヒストン修飾酵素を標的として、包括的なスクリーニングを行い、リード化合物の開発を目指しています。また、私の課題では、HTS基盤と伊藤先生の協力を得て、ヒストンメチル化酵素の阻害剤の探索を進めています。ヒストンメチル化はがん細胞の可塑性に深く関与しているので、この酵素を阻害すれば、がん細胞が環境に応じて生き延びる性格を抑え込む効果(がん細胞のフリージング)が期待できます。

さらに、広島大学の田原栄俊教授は、マイクロRNAを標的とした核酸創薬や、染色体末端の保護機構を標的とした化合物でがん細胞を効率的にアポトーシス・細胞老化に誘導する試みを行っています。

公募課題では、北海道大学の松田彰教授、東京大学の井上聡特任教授、大阪大学の小根山千歳准教授が参画し、多彩ながんエピゲノムを標的とした治療法の開発に向けて研究を進めています。

エピゲノムを利用したマーカーにはどのような利点がありますか? 逆に欠点はありますか?

近藤 :DNAメチル化異常は、(1)ゲノム全体の多くの遺伝子に存在し、(2)安定した化学修飾であり、(3)前がん病変においても検出できる変化であることから、診断マーカーとして応用できる可能性が高いと考えます。特に発がんに関わる環境や習慣因子として、ヘリコバクター感染症による慢性胃炎、肝炎ウイルスによる慢性肝炎、喫煙などがありますが、DNAメチル化異常は、慢性胃炎・慢性肝炎などの前がん病態から既に蓄積していることがわかっていますので、適切なマーカーを選択すれば、高い確率でがんの発生を予測することが期待できます。

欠点としては、DNAメチル化異常が比較的少ないがんも存在するため、それらのがんを診断する有効なマーカーが見つけにくいことと、各臓器に特異的なマーカーがあまり存在しないことがあげられます。

デスクトップ型次世代シーケンサー

DNAのメチル化や、DNAとタンパク質の相互作用など、がんのエピゲノム研究に必要な解析を効率的に行うことができる。 DNAのメチル化や、DNAとタンパク質の相互作用など、がんのエピゲノム研究に必要な解析を効率的に行うことができる。

DNAのメチル化や、DNAとタンパク質の相互作用など、がんのエピゲノム研究に必要な解析を効率的に行うことができる。

エピゲノムを標的とする薬にはどのような利点がありますか? 逆に欠点はありますか?

近藤 :エピゲノム治療薬が既存の分子標的薬にどこまで迫れるのかは不明ですが、私は、非常にポテンシャルの高い治療薬だと思っています。エピゲノムにかかわる酵素は、様々な経路に影響するので、こうした酵素を阻害するエピゲノム治療薬には一般に特異性が低いという欠点があります。しかし、裏を返すと、発がんにかかわると考えられる多くの標的を同時に治療できる可能性があります。

治療薬の開発で難しいのは、いかにがん細胞への特異性をあげていくかです。エピゲノム機構は、正常細胞でもがん細胞でも共通する部分があると考えられるからです。また、すでに臨床で使われている、DNAメチル化酵素阻害剤とヒストン脱アセチル化酵素阻害剤も、なぜ抗がん作用を示すのか明確な答えは出ていません。しかし、がん細胞で特異的に変異のあるヒストン修飾酵素を標的にするなど特異性につながる手がかりも見つかってきており、それに基づいたコンパニオン診断薬(薬剤の有効性や副作用を予測するために、患者さんの遺伝子変異を調べるのに使われる診断薬)を用いるなど道は開けていくと思います。

もう1つ大切な点は、エピゲノム治療薬はこれまでの分子標的薬と異なるクラスの治療薬であるという点です。例えば、ある分子標的薬に対して抵抗性を示す急性前骨髄球性白血病(APL)に対して、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤とその分子標的薬とを併用することで、治療効果が現れたという報告があります。

このように、次世代のがん治療戦略を構築していく上で、エピゲノム治療薬は重要な選択肢の1つとなっていくと考えています。

最後に、本チーム内の課題間の連携について教えて下さい。

近藤 :本チームでは、基本的には異なる分子を標的とした診断・治療法の開発を行っていますが、一方で、各課題間に共通する理論や方法論がかなりあることがわかってきました。そのため課題間での交流や情報交換も頻繁に行われており、相乗的に研究が進んでいます。また、HTS支援基盤を活用することで、新たに化合物スクリーニングが開始された標的分子も複数あります。さらに、本チームで同定したエピゲノム修飾酵素阻害剤をがん微小環境研究分野の秋山徹先生のところで試していただいているといった、他のチームとの連携も行われています。

こうしたネットワークを通じて真に臨床の場で応用可能な診断・治療法の開発に寄与できたらと思っています。

(2013年9月掲載)

近藤 豊(こんどう・ゆたか)

名古屋市立大学 教授
名古屋市立大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科修了。医学博士。米国テキサス大学MDアンダーソンがんセンターでDNAメチル化およびヒストン修飾によるがん関連遺伝子の発現制御機構の研究を行ったのち、愛知県がんセンター研究所分子腫瘍学部主任研究員、2012年にゲノム制御研究部部長。2014年より現職。固形腫瘍における組織多様性の解明と、エピゲノムを標的とした新規診断・治療法の開発がおもな研究テーマ。がんのエピジェネティクス研究を、新しいがんの予防・診断・治療に発展させ、がんで悲しむ人を一人でも減らすことを目指している。