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インタビュー INTERVIEW / アイデアと技術を結集して抗がん剤開発に邁進 / がん関連遺伝子産物の転写後調節 研究分野 分野長 中山 敬一 九州大学 教授

抗がん剤開発において、転写後発現調節が注目されるようになったのは、いつごろからですか?

中山 :私たちの体の細胞の中で、遺伝子は転写されてRNAとなり、さらに、そのRNAが翻訳されてタンパク質となり、働いています。RNAやタンパク質の種類や量は、細胞の置かれた状況に応じて調節されており、これを「転写後発現調節」といいます。

がんの原因として遺伝子の変異がよく知られていますが、遺伝子に変異がなくても、転写後のRNAやタンパク質に異常があると、やはりがんを引き起こすことがあります。そのことが注目されるようになった大きなきっかけは、1990年代前半にヒトパピローマウイルス感染による子宮頸がんの発症機構がわかったことでした。このウイルスのつくるE6というタンパク質は、がん抑制遺伝子p53産物(p53タンパク質)の分解を促し、その結果、がんが発生するのです。その後も、様々ながん抑制遺伝子で、同様の発がん機構が知られるようになりました。

本チームの課題では、どのような転写後調節機構に着目して研究・開発を進めていますか?

中山 :転写後発現調節には、できあがったタンパク質の分解だけでなく、実に様々な機構があります。そこで本チームでは、どのような機構に着目するかというよりも、むしろ、調節のカギとなる分子がすでに突き止められていることを重視して、課題が選ばれています。

本チームが取り組む転写後調節の概要

本チームが取り組む転写後調節の概要

転写後調節の様々な機構のうち、調節のカギとなる分子がわかっており、それを対象として治療薬の候補を探す段階に来ている研究テーマが課題として選ばれている。

私自身は、「がん幹細胞」を撲滅する治療法の開発に取り組んでいます。がん幹細胞は普通のがん細胞と違って増殖が非常に遅いため、増殖中の細胞を殺傷する抗がん剤が効きにくく、投与後も生き残って再発や転移を起こします。そこで私は発想を転換し、がん幹細胞の増殖を活性化して抗がん剤でたたくことを考えました。注目したのは、慢性骨髄性白血病(CML)のがん幹細胞で働いているFbxwという酵素です。Fbxwは、がん遺伝子c-mycからできるタンパク質に結合し、その分解を促す目印(ユビキチン)をつけます。別の酵素がユビキチンを認識し、c-Mycタンパク質の分解を促すことで細胞の増殖を抑えているのです。そこで、Fbxwを阻害すれば、がん幹細胞も活発に増殖するようになり、従来の抗がん剤で撲滅することができるというわけです。すでに、この原理はマウスで確かめてあり、本プログラムでは、Fbxwの阻害剤のスクリーニングに取り組んでいます。この治療法は、CMLに限らず、がん幹細胞が存在するがんに広く適用可能だと思います。

一方、東京大学の浜本隆二助教は、染色体の中でDNAが巻きつく「芯」の働きをするヒストンというタンパク質のメチル化酵素を対象として研究しています。ヒストンがメチル化されているかどうかは、近くにある遺伝子の使われ具合を左右し、エピゲノムの機構の1つとなっています。一方、がん細胞では、ヒストンメチル化酵素がさかんにつくられていることもわかっています。浜本助教は、メチル化酵素を阻害するとがん細胞の増殖が止まり、がんの治療につながることを見いだしており、メチル化酵素の阻害剤の探索に取り組んでいます。

RNAの分解機構を利用した治療法を研究しているのは、横浜市立大学の大野茂男教授です。遺伝子変異や転写スプライシングのエラーに対して、細胞には変異したRNAを認識し、その後、分解へと進める機構(NMD)が備わっています。特にがん細胞では遺伝子変異などが頻繁に起こるため、NMDを阻害すれば変異RNAが分解されずに蓄積され、がん細胞は死んでしまいます。大野教授はこのことを発見した研究者で、すでにNMD阻害剤のスクリーニングを終え、動物レベルでの実証に入ろうとしています。

産業技術総合研究所の夏目徹先生は、質量分析という手法のエキスパートで、RNAに結合するタンパク質を網羅的に解析しています。長年の研究により、RNAに結合して、そのRNAを分解、あるいはその翻訳を抑えるタンパク質をいくつも発見しています。こうしたタンパク質を「おとり」のRNAと結合させれば、本来のRNAの翻訳は抑えられず、どんどん行われることになります。この原理により、がん抑制遺伝子の産物であるタンパク質を増やし、がんを押さえ込むため、おとりのRNAの開発に取り組んでいます。これはユニークな核酸医薬になると期待されています。

私と浜本助教の指定課題が、いわば「直球」であるのに対し、大野教授と夏目先生の指定課題は「変化球」に例えられると思います。公募課題の先生方も、抗がん剤の標的となるような転写後の発現調節にかかわる分子を具体的に有しており、独自の研究を進めています。

本チームの研究・開発で難しいのはどういう点ですか?

中山 :これまでの分子標的薬は、がん細胞で変異を起こしている遺伝子の産物タンパク質を対象とするものがほとんどで、正常細胞に対する副作用は少ないのが特徴です。しかし、転写後の発現調節は正常細胞でも働いているので、阻害剤は正常細胞にも作用する可能性があります。このため、正常細胞への作用を慎重に調べなければなりません。私も、Fbxwの阻害剤ががん細胞にはよく効く反面、正常細胞にはほとんど毒性を示さないことを実験で確かめました。研究を進めるうちに、がん細胞と正常細胞の機構の違いが明らかになってくるのではと期待しています。

質量分析装置

質量分析装置

遺伝子が転写されてできたRNA、さらにそのRNAが翻訳されてできたタンパク質に、どのような酵素や因子が結合するかを調べることができる。

もう1つは、阻害剤のスクリーニングです。本プログラムには、ハイスループットスクリーニング支援基盤にスクリーニングをお願いできるというすばらしいしくみがありますが、自動化された機械で判定できるような実験システムは私たち自身で構築する必要があり、これが難しいのです。幸い、理化学研究所の渡邉信元先生が、ユビキチン化酵素の一種と相手のタンパク質の結合を阻害する化合物を、蛍光で判定できるシステムをすでに確立されているので、私の課題でも、そのシステムを応用させていただいています。他の先生方も、スクリーニングシステムの構築には知恵を絞っています。

本チームの強みを教えて下さい。

中山 :本チームの課題はどれもアイデアがおもしろく、しかも、具体的な分子標的が明らかになっていて実践的なところが特徴です。また、質量分析でトップクラスの実績をもつ夏目先生、細胞内で特定のタンパク質を可視化する技術をもつ京都大学の松田道行教授をはじめ、研究を進めるのに必須な技術開発の力もすごいです。さらに、課題研究者どうしの共同研究や交流がさかんで、アイデアや技術を共有できるところも大きな強みです。

こうしたチームの特徴を活かし、支援基盤の協力も得て、阻害剤の候補化合物を早く見つけ、製薬会社に渡せる段階にまでもっていきたいと思っています。

(2013年9月掲載)

「転写機能をターゲットとした創薬」研究分野についてうかがいます。転写機能が抗がん剤のターゲットと考えられるようになったのはなぜですか?

中山 :転写因子は、DNAに結合して、遺伝子の発現を調節するタンパク質です。がん細胞の増殖や生存にかかわる転写因子はたくさん知られているので、そのような転写因子とDNAの結合を阻害する化合物はがんの薬になると考えられます。しかし、これまでにそのようなアプローチでの成功例はほとんどありません。

一方で、最近、転写因子の働きが様々な調節を受けていることがわかってきました。転写因子は単にDNAに結合するのではなく、何らかのシグナルで活性化されてからDNAに結合することが多いのです。そこで、転写因子の活性化を抑える薬ががんの薬として期待されるようになり、さかんに開発されるようになりました。実は、乳がんに関係するエストロゲン受容体(ER)も転写因子の一種で、エストロゲンと結合すると活性化されます。ERの阻害剤は転写因子の働きを抑える抗がん剤の代表例で、広く乳がんの治療に使われています。

本チームでも、実際の転写の場であるDNAに直接作用する薬の開発は、8課題のうち1課題のみで、他の課題の標的は転写因子を調節している上位の因子がほとんどです。また、日本で発見されたり、機能が明らかにされたりした転写因子や関連分子を対象とする課題が多いのが特徴です。

転写機能をターゲットとした創薬のコンセプト

転写機能をターゲットとした創薬のコンセプト

(これは模式的に示した図であり、課題で実際に標的としている分子では詳細が異なる)

各課題の概要を教えてください。

中山 :京都大学の掛谷秀昭教授は、低酸素誘導因子(HIF)の働きを調節する化合物を用いて、がん細胞をやっつけようとしています。HIFは低酸素状態に耐えるための遺伝子を働かせる転写因子です。がんの内部は低酸素状態のため、がん細胞にとってHIFはとても重要なのです。掛谷教授は、がんの増殖を助けるTGF-βという因子から転写因子にシグナルが伝わる経路を阻害する化合物も研究しています。

新潟大学の小松雅明教授と東北大学の山本雅之教授は、Nrf2という転写因子の活性化を抑えようとしています。この転写因子を巡る研究ではわが国が世界をリードしており、お二人はその発展に大きく貢献してきました。Nrf2はがん細胞が抗がん剤から身を守る要となっており、がん細胞ではNrf2の分解が抑えられています。小松教授はオートファジー(細胞が不要なタンパク質を分解する作用)の専門家で、Nrf2の分解が抑えられるメカニズムを止める化合物を開発しています。山本教授はNrf2の活性をはかるスクリーニング系を確立しており、これを用いて、Nrf2の活性を抑える化合物を探索しています。そのような化合物を抗がん剤と併用すれば、抗がん剤が効きやすくなると考えられます。

慶應義塾大学の佐谷秀行教授は、細胞骨格を構成するアクチン分子の重合・脱重合を制御することで、転写因子を活性化し、がん細胞を分化させる薬の開発に取り組んでいます。がん細胞は未分化状態にあるためどんどん増殖しますが、分化させれば増殖がおさまります。このため、様々な分化誘導療法が研究されてきましたが、佐谷教授の手法は、細胞骨格を標的としている点がユニークです。具体的には、骨肉腫の細胞を脂肪細胞に分化させることで治療しようとしています。

京都大学の上杉志成教授は、一部のがんの発がんや悪性化にかかわるSREBPという転写因子の活性化を抑える化合物を発見しています。SREBPは、ふだんは小胞体の膜に刺さった状態で存在しますが、ある刺激で膜から切り離され、転写因子として働きます。上杉教授が発見した化合物は、SREBPが膜から切り離されないようにする働きをもっています。上杉教授は京都大学の影山龍一郎教授と共同で、すい臓がんの悪化に関係するHes1という転写因子の活性化阻害剤も研究しています。

名古屋大学の山口知也助教は、高橋隆教授とともに、TTF1という転写因子の下流で働くROR1という分子の阻害剤を研究しています。肺腺がんの発生や悪性化には上皮成長因子受容体(EGFR)が大きな役割を果たしています。そして、ROR1はカベオラ(細胞膜にできたへこみ)に、EGFRをはじめとする膜タンパク質を集める働きをしています。ROR1を阻害すると、EGFRなどはカベオラに集まれず、そのため、細胞内にシグナルを伝えられなくなります。しかも、EGFR阻害剤に対する耐性を獲得したがん細胞でも、ROR1を阻害すると、増殖が抑えられるのです。ROR1の阻害は、肺腺がん以外のがんでも有効な治療法となる可能性があります。

千葉県がんセンターの永瀬浩喜先生は、RASというがん遺伝子のうち特定の点変異を含むDNA配列だけを認識して結合する化合物(KR12)をつくるのに成功しており、すでに、マウスに移植した大腸がんで顕著な抗がん作用が確かめられています。他の点変異に結合する化合物を設計することも可能なため、いろいろな遺伝子への応用が期待されます。

国立がん研究センターの江成政人先生は、がん抑制遺伝子として知られるp53(この遺伝子からつくられるp53タンパク質は転写因子)に着目して研究しています。大部分のがんではp53遺伝子に変異が起こっていますが、変異がないのにp53の働きが失われている場合があります。これは、p53タンパク質の分解を促す分子が働いているからです。江成先生は、そのような分子の1つであるMDMXの阻害剤を見いだし、マウスで抗がん作用を示すことを確かめています。また、p53の活性のスクリーニング系を樹立しており、それを用いてp53の活性を向上させる化合物を探索しています。さらに、p53が不活化するとつくられるTSPAN2という分子の阻害剤の探索や、p53の下流で働くPHLDA3という分子を活性化する化合物の開発(PHLDA3の発見者である同センターの大木理恵子先生と共同研究)にも取り組んでいます。

このように、本チームでは様々な分子を標的としていますが、標的に作用する化合物がすでに見つかっている課題が多いので、短期間で成果を上げられるものと期待しています。

(2015年7月掲載)

中山 敬一(なかやま・けいいち)

九州大学生体防御医学研究所分子医科学分野 教授
東京医科歯科大学医学部卒業、順天堂大学大学院医学研究科修了、医学博士。理化学研究所フロンティア研究員、ワシントン大学医学部ポストドクトラルフェロー、ワシントン大学ハワードヒューズ研究所博士研究員、日本ロシュ研究所生物学部主幹研究員を経て、1996年より九州大学教授。2009年より同主幹教授。様々な機種の質量分析計を備えた九州大学ヒトプロテオーム研究センターのセンター長も務める。細胞増殖の制御機構とがん、プロテオミクスを用いたタンパク質翻訳後修飾情報の網羅的解析を中心に幅広く研究を展開する一方、「世界一流を目指す研究者を養成」することを目指す熱い教育で知られる。