本プログラムは平成28年3月31日をもって終了いたしました

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インタビュー INTERVIEW / 患者さんの協力を得て
よりよい治療法を見いだす / 戦略的治療デザイン研究分野 分野長 直江 知樹 名古屋医療センター 院長

本チームの目標を教えて下さい。

直江:1980年ごろから、がんは遺伝子の異常により細胞の増殖や分化のプログラムが書き換えられて起こることがわかってきました。たとえば、私の研究対象である白血病には、様々な病型がありますが、病型ごとに特徴的な遺伝子の異常が見つかってきています。その中には、異常を起こした遺伝子からつくられる分子(タンパク質)が、細胞を増殖させるシグナルとして働くことがわかり、その分子を標的とする薬がつくられたものもあります。このような分子標的薬は、細胞増殖を抑える従来の薬に比べて副作用が少ないのが特徴です。

一方、同じ病型の患者さんに共通する遺伝子異常とは別に、患者さん一人ひとりの白血病を特徴づける遺伝子異常も数多く見つかってきました。中には予後のよしあしを決めているものがありますので、「遺伝子のタイプからみて予後が悪そうなので、強い治療をする」というように、患者さんに合わせた治療ができるようになります。さらに、この遺伝子の働きを調べることで、新しい分子標的薬がつくれる可能性もあります。

そこで、本チームでは、白血病をはじめとするがんにおける遺伝子異常を徹底的に調べ、診断や予後の予想に役立つ遺伝子を見いだすことを目指しています。それと同時に、それらの遺伝子が生体内でどのように働くのかを調べ、副作用の少ない分子標的薬の開発につなげることを目標としています。

実際の研究・開発はどのように進めているのですか?

直江:がんに限りませんが、治療法のよしあしを臨床的なエビデンスに基づいて判断するために、「ランダム化比較試験研究」が広く行われています。これは、たくさんの患者さんを2つのグループに分けて別々の治療を行い、治療成績を比較するものです。

これまでのがんの研究では、治療法のよしあしの吟味は患者さんの臨床データだけに基づいて行われ、個人による効き方の違いやがん細胞の遺伝子異常による感受性の違いは考慮されていませんでした。このため、治療法Aのグループのほうが治療法Bのグループより治療成績がよかったとしても、Bは効くがAは効かない人がいるかもしれず、単純にAがいいとは言えないというもどかしさがありました。今回は、患者さんから臨床検体をいただいて網羅的ゲノム解析を行い、一人ひとりの遺伝子を調べます。遺伝子のタイプによって患者さんを「層別化」し、その層にあった治療法を選ぶ(これを「戦略的治療デザイン」と呼んでいます)ことで、全体的な治療成績をあげることを目指しています。

新たな遺伝子を見いだして、その有用性を実証するまでのサイクルを回すには4年ぐらいかかるので、本プログラムの実施期間中に各課題とも1回はサイクルを回すことを目指しています。すでにゲノム解析が始まっている課題もあります。

コホート研究による遺伝子の発見から、その有用性の実証までのサイクル

本チームの各課題はどのような理由で選定されたのですか?

直江:指定研究課題で白血病、骨髄異形成症候群(MDS)、卵巣がん、大腸がんを取り上げ、公募研究課題で神経芽腫を扱いますが、いずれも全国的なコホート研究の組織があるものが選ばれました。

白血病を対象とする私と、MDSを対象とする小川誠司教授(東京大学)は、私自身が代表を務めるJALSG(日本成人白血病治療共同研究グループ)に参加している100以上の医療施設とその患者さんの協力を得て、研究を進めています。

卵巣がんを対象とする杉山徹教授(岩手医科大学)はJGOG(特定非営利活動法人婦人科悪性腫瘍研究機構)、大腸がんを対象とする石岡千加史教授(東北大学)は、石岡教授が代表理事を務めるT-CORE (特定非営利活動法人東北臨床腫瘍研究会)の協力を得ています。神経芽腫の研究を進めている中川原章先生(千葉県がんセンター)も、JNBSG(日本神経芽腫研究グループ)の会長を務めています。

がんのゲノム解析を行い、予後の判定に役立つ遺伝子や分子標的薬開発につながる遺伝子異常を見つけようという研究は、世界中で激しい競争となっていますが、同じ治療法の臨床検体がたくさん集まる組織をもっていることは、本チームの強みであり、よい成果があがると期待しています。

各課題の具体的な研究内容を教えて下さい。

直江:白血病は、サンプルを採取しやすいこともあって、がんの遺伝子異常を研究するモデルとなってきた面があり、すでに、多くの特徴的な遺伝子が発見されています。それらの中には、生体内でのメカニズムが明らかにされたものもありますが、まだわかっていないものが大半です。そこでまず、いくつかの病型について、一定の化学療法が効くかどうかに関係する遺伝子を探し出し、それらの中から予後の判定に役立つものを早く見つけたいと考えています。同時に、これまでに見つかっている遺伝子からタンパク質をつくり、それが細胞の形質にどのような影響を与えるかを調べていきます。これにより、遺伝子異常の生体内での意義を明らかにし、分子標的となる可能性を探っていきたいと思っています。小川教授のMDS研究も、化学療法の効果に関係する遺伝子やエピゲノム(遺伝子の使われ方を決める修飾)の異常を探すことが中心となっています。

杉山教授は、上皮性卵巣がんに対して一定の抗がん剤治療が効果を発揮するかどうかを決める因子を探しています。抗がん剤に感受性があるかどうかをあらかじめ規定できれば、効く人にだけ投与することが可能になります。卵巣がんではゲノム解析が遅れており、この研究で卵巣がんに特徴的な遺伝子異常が見つかる可能性も高いと期待しています。

石岡教授は、KRAS野生型大腸がんの患者さんが、抗体医薬(抗EGFR抗体薬)に対する感受性のある群とない群に分かれるのは、どういう遺伝子の違いによるのかを研究しています。細胞の増殖・分化のプログラムが書き換えられるしくみが新たに発見される可能性を秘めている研究です。

中川原先生のJNBSGには世界最大の神経芽腫の組織バンクがあり、臨床データと遺伝子異常の関係をこれまでも研究してきました。すでに予後のよしあしをある程度予測できるようになっていますが、より正確に予測するため、ゲノム解析を行います。

本チームの研究の難しさはどんなところにあるのでしょうか?

直江:コホート研究は多施設共同研究なので、1つの結果を出すために多くの方々の協力が必要です。患者さん、ご家族、医療施設関係者が協力して下さる体制をうまくつくれるかがいちばんのカギでしたが、これまでの共同研究の蓄積もあって、検体収集事業と遺伝子解析事業をドッキングした研究を無事開始することができました。

検体の収集・分散・廃棄には、多くのノウハウが必要ですが、本プログラムでは、このような倫理問題もサポートしてもらえるので、ありがたく思っています。また、次世代シーケンサーによるゲノム解析は、各研究室が手軽に行えるものではありませんが、本プログラムでは、バイオインフォマティクスの専門家がたくさんの情報をつなぎ合わせ、私たちにわかる形にしてくれるので、たいへん期待をしております。

遺伝子の異常はDNAの塩基配列というデータで表されるので、がん組織の所見のように個人の主観が入り込むことがなく、時代と場所を越えて検証することができます。次世代シーケンサーも普及が進み、ゲノムに基づいたがんの診断と治療が一般化していくと思います。このようながん治療の転換に貢献することが、私たちの使命なのです。

(2012年10月掲載)

直江 知樹(なおえ・ともき)

独立行政法人国立病院機構 名古屋医療センター 院長
名古屋大学医学部卒業。医学博士。大学卒業後、名古屋第一赤十字病院に勤務した後、名古屋大学医学部附属病院分院内科助手、講師、助教授、同病院難治感染症部助教授、教授、名古屋大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学 教授を経て、2013年より現職。白血病の発症・進展・再発・薬剤耐性化の研究を進める一方、 JALSG(日本成人白血病治療共同研究グループ)の多施設共同研究で、エビデンスに基づく化学療法の評価に取り組み、治療成績の向上に貢献してきた。現在は、JALSGの代表も務めている。