本プログラムは平成28年3月31日をもって終了いたしました

TOP > インタビュー > がん臨床シーズ育成領域  分野長 九州大学 中西 洋一

コンテンツメニュー

関連リンク

文部科学省

独立行政法人 科学技術振興機構

インタビュー INTERVIEW / 患者さんの立場で薬剤耐性がんと戦う / チロシンキナーゼ阻害剤 分野長 中西 洋一 九州大学 教授

チロシンキナーゼ阻害剤とはどんな薬ですか?

中西:がんの増殖には、基質タンパク質のチロシンをリン酸化する「チロシンキナーゼ(TK)」という酵素が深くかかわっています。この酵素にはたくさんの種類があり、細胞の表面にあって外からの増殖シグナルを受け取る受容体として働くものや、細胞の中で増殖シグナルを伝えるものがあります。遺伝子の異常などが原因で、TKが常に活性化された状態に陥ると、細胞増殖が止まらなくなりがんが発生します。このがん発生のメカニズムに基づいて開発された薬が、「TK阻害剤」です。すでに肺がんや乳がんなど一部のがん治療に使われています。また、ほかのがんに強くかかわるTKの変異を見いだして、新たなTK阻害剤の開発につなげようという研究もさかんです。

どのような方法で標的分子を見つけるのですか?

中西:TK阻害剤は治療効果が高い薬ですが、突然効かなくなることがあります。例えば、肺がんの治療に使われているTK阻害剤は、投薬から1年ほど経つと多くの症例では効かなくなってしまいます。薬が効かなくなることを、がんが薬剤に対して「耐性」を獲得したといいます。本チームでは、この耐性の克服に取り組んでいます。

耐性獲得には、様々な機序があり、すでにいくつか知られています。例えば、肺がんの治療には、細胞表面にある上皮成長因子受容体(EGFR)という受容体型TKの「ポケット」に結合し、このTKの働きを抑える薬が使われていますが、このポケットの形が変わることで耐性が生まれます。

本チームの目標は、まず、これまでに知られていない耐性獲得の機序を見いだすことです。そして次に、発見した機序に対する対策として、既存薬をうまく使うアイデアを生み出し、臨床試験を行いたいと考えています。発見した機序に対する新薬を見いだすことは、さらにその先の目標となります。

研究・開発の難しさは、どのようなところにあるのでしょうか?

中西:本チームの研究・開発では、患者さんのがん組織を使わせていただきます。がんは、再発や転移を起こした後に、薬剤耐性を獲得するので、患者さんには、再発・転移前(原発)のがん組織と、再発・転移後のがん組織の両方を提供していただかなくてはなりません。原発のがん組織が肺や腎臓など組織の取りにくい臓器であったり、転移先が体の深いところにあったりする場合は、患者さんに苦痛を強いることになります。しかも、患者さんご本人の新しい治療にすぐにはつながらない場合もあります。患者さんには、こうしたことを十分理解していただいた上で、組織の提供をお願いしています。また、貴重な組織を臨床だけでなく基礎研究にも活かすため、組織と臨床情報を研究支援基盤に送ってゲノム解析を行ってもらうルートも設けています。

研究・開発は精力的に進めていますが、未知の薬剤耐性機序を見つけることは簡単ではないと感じています。薬剤耐性の機序はバラエティに富んでおり、単一の手法では突き止めることができません。ゲノム配列の解析、がん組織の免疫染色など様々な手法を駆使して、既知の機序が働いているかを1つずつ調べ、それらのうち、どれにもあてはまらないものを探すという地道な作業が必要になると思います。

in situ PLA法を用いた薬剤耐性機序の研究

in situ PLA法を用いた薬剤耐性機序の研究。in situ PLA法とは、高感度の免疫染色法の一種。この手法を用いると、例えば、EGFRと薬の相互作用のようすを、蛍光顕微鏡で蛍光強度の変化を観察することにより明らかにできる。

研究・開発はどのように進めているのですか?

中西:本チームの最大の特徴は、大規模な臨床試験グループが参画していることです。私自身も、WJOG(特定非営利法人西日本がん研究機構)という臨床試験グループの理事長を務めており、この臨床試験グループに属する施設を通じて患者さんたちに協力をお願いしています。肺がんや腎がんの患者さんは大勢おられますが、特定の薬が効かなくなった患者さんや、特定の遺伝子に異常がある患者さんとなると数は限られます。その点、多くの患者さんに協力していただける体制を整えられたことは、研究目標の達成の大きな助けとなります。

本チームは臨床試験グループの集合体ですから、目の前の患者さんのために何ができるかを常に意識しています。その表れとして、「既存薬を用いて未知の薬剤耐性に対処する」という近い目標を掲げているのです。臨床の医師たちは一人ひとりが脚光を浴びることは少ないのですが、最新・最良の治療を施すのは当たり前であり、より優れた治療法の開発を目指すという高いモチベーションをもっています。こうした医師たちがオーケストラのように協力することで、次世代の治療法を探っています。

各課題の研究内容を教えて下さい。

中西:私自身は、肺がんのEGFRに結合するTK阻害剤の耐性を研究しており、山下義博准教授(自治医科大学)は同じ肺がんでもALKという受容体型TKの阻害剤の耐性を研究しています。いずれも、患者さんから薬剤耐性を獲得したがん組織を採取させていただき、そのメカニズムを調べています。

腎がんでは、がん組織の血管新生にTKが深くかかわっており、その働きを阻害する薬が使われていますが、やはり耐性の問題が起こっています。そこで、大家基嗣教授(慶應義塾大学)は、関東の腎がん臨床グループの協力を得て、このTKの阻害剤に対する耐性について研究するとともに、血管新生をキーワードとして薬の標的となる新たなTKを探索しています。

佐伯俊昭教授(埼玉医科大学)は、私と同様にWJOGのメンバーです。乳がん治療に使われるTK阻害剤の臨床試験を行っており、その中で耐性サンプルも研究対象にしています。

竹内賢吾先生(がん研究会)は、特定の遺伝子変異を短時間で検出できる「ハイスループットFISH法」を開発し、これにより大量のサンプルを解析して肺がんにかかわる新規TKを発見した実績があります。本チームでは、この手法を駆使して、薬剤耐性に関わる新たな遺伝子変異を見つけようとしています。

菊地利明講師(東北大学)は、いくつかの肺がん家系を対象に、家系内で頻発する遺伝子変異を探索しています。EGFRの変異はアジアの人たちに多く、ヨーロッパ系やアフリカ系の人たちでは低いのですが、この研究で家系内に多い変異がわかれば、人種による差の原因にも迫れると考えています。

今後の抱負をお聞かせ下さい。

中西:本チームには、研究の観点や対象とする臓器が異なる6つの研究課題が集まりました。臓器により、発がんにかかわるおもなTKは異なっており、耐性獲得の機序も異なると考えられます。しかし、ある臓器で濃厚に現れるものにばかり目が行くと、臓器を越えた共通の現象や、希少な症例の患者さんに必要な情報を見逃す可能性もあります。これに対し、本チームでは、様々な臓器を対象とする研究者が情報やアイデアを交換することができるので、よりよい治療のヒントが得られるものと期待しています。

(2013年9月掲載)

中西 洋一(なかにし・よういち)

九州大学大学院医学研究院臨床医学部門呼吸器内科学分野 教授/九州大学病院ARO次世代医療センター長
九州大学医学部医学科卒業。医学博士。佐賀医科大学医学部助手、米国立がん研究所留学、九州大学医学部胸部疾患研究施設助手、講師、助教授を経て2003年より教授。同年九州大学病院臨床研究センター(現ARO次世代医療センター)センター長。2009年より九州大学主幹教授。肺がんの発生機序と最適治療法の研究を進める一方、分子標的薬を中心とした薬剤の臨床研究体制整備に尽力してきた。2009年より、200以上の医療機関が参画するWJOGの理事長を務め、2012年からは日本肺癌学会の理事長も務めている。