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TOP > インタビュー > がん臨床シーズ育成領域  分野長 慶応義塾大学 河上 裕

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インタビュー INTERVIEW / 効果的な免疫療法の確立に向けて / 複合免疫療法研究分野 分野長 河上 裕 慶応義塾大学 教授

近年、がんの免疫療法研究がさかんに行われるようになった背景を教えて下さい。

河上:がんの治療法は、大きく分けて3つあります。手術を行う外科療法、抗がん剤や分子標的薬などを投与する化学療法、そして放射線療法です。しかし、これらを組み合わせても、十分に治療できないがんもあります。そこで、この3種類以外の、新たな治療法が期待されてきました。その1つが免疫療法です。

免疫療法とは、体に備わった免疫防御機構の力を様々な方法で高め、がん細胞をたたこうというものです。インフルエンザなどのウイルスに対するワクチンと同様に、がんに対するワクチンを使う方法、免疫細胞の増殖や活性化を促す物質を使う方法、患者さんの抑制された免疫状態を改善する方法、体の外で培養して増やした免疫細胞を投与する方法などがあります。ただし、以前に行われてきた臨床試験では、がん免疫療法は期待されたほどの効果をあげることができませんでした。

本チームの目標は何ですか?

河上 :本研究分野では、大きく2つの目標を立てています。

1つめは、免疫療法の効果が期待できる症例を選び出す方法を開発することです。具体的には、免疫療法の有効性を予測するための、免疫バイオマーカーの探索を行っています。免疫療法は、すべての症例に有効なわけではありません。残念ながら、現在は効果がない患者さんも多いのです。その一方で、明らかな効果がみられる患者さんもいます。このバイオマーカーの探索を通じて、免疫療法は、どういった患者さんに有効で、どういった患者さんには効果がないのか、見きわめるための指標を確立するつもりです。この過程で、がんの免疫学的な病態の理解も進んでいくのではないかと期待しています。また、最近、患者さんのその後の経過(予後)や化学療法や分子標的治療の効果にも、患者さんの免疫状態が関与しているとの報告もありますから、もしかすると免疫バイオマーカーを用いて、患者さんの予後や標準がん治療の効果を予測することも可能なのかもしれません。この点も明らかにしていく予定です。

2つめは、いろいろな免疫を制御する技術の「組み合わせ」によって治療効果を向上させることです。これまでの免疫療法では、新しい技術が開発される度に、それを単独で用いた臨床試験を行って、その有効性を検討してきましたが、今後は、それらを適切に併用する複合免疫療法がたいへん期待されています。具体的には、がんワクチンや免疫増強剤との組み合わせや、免疫抑制状態を改善した後の免疫療法の実施、異なるしくみの免疫療法を組み合わせた治療、さらには、抗がん剤や分子標的薬と免疫療法の組み合わせなどです。このような複合免疫療法により、免疫療法の治療効果が向上すると考えています。そこで本研究分野では、免疫バイオマーカーを用いて、各種免疫制御技術を評価して、その後の複合免疫療法の開発の基盤をつくりたいと思っています。

がんと免疫系の関係

免疫系の細胞のうち、樹状細胞はがん細胞を取り込んでがん細胞と戦う抗腫瘍Tリンパ球をつくる。一方、がん細胞は免疫抑制細胞を誘導する分子や、免疫抑制分子をつくり、免疫系の攻撃を抑えて生き延びようとする。このしくみをよく理解し、各種免疫制御技術を組み合わせて、免疫系をうまく働かせることでがん細胞をたたくのが免疫療法である。本チームでは、まずがん患者の免疫状態を把握する免疫バイオマーカーを見つけ出し、次にそれを用いて複合的な免疫療法の開発に重要な各種免疫制御技術を評価して、効果的な複合免疫療法の開発基盤をつくることを目標としている。

本チームの各課題はどのような視点で選定されたのですか?

河上 :本チームは多数の臨床サンプルを用いた研究を行うので、がん免疫療法の臨床研究を積極的に行っており、臨床サンプルを用いた研究実績がある課題、およびそれぞれがもつ異なる免疫制御技術を臨床的に評価できる課題が選ばれました。各課題の研究者は独自の免疫療法を進めており、その特色を活かした研究ができると期待しています。

私の指定課題では、がんを攻撃するTリンパ球(免疫細胞の一種)を活性化させる樹状細胞ワクチンなどの免疫療法における免疫バイオマーカーと、分子標的治療による免疫制御作用の研究を行います。また、患者さんの予後や広く化学療法などの標準がん治療における免疫バイオマーカーの意義も明らかにしていきたいと思っています。私の研究室では幅広い免疫学的解析が可能ですので、その能力を活かして領域内外の研究者と共同研究を積極的に進める予定です。

硲(はざま)彰一准教授(山口大学)の指定課題では、がんワクチンに関して研究を行っています。硲准教授おもに大腸がんを対象として、DNAマイクロアレイを用いた網羅的遺伝子発現解析でがん細胞に特有のタンパク質を明らかにしており、そのタンパク質の一部(ペプチド)をワクチンとして利用する研究です。多くの免疫療法を実施した症例のサンプルと臨床データを保有しており、私のグループとも密に連携して研究を進めています。

伊東恭悟教授(久留米大学)の指定課題では、伊東教授が見いだした複数のペプチドを用いたがんワクチンに関して研究を進めます。伊東教授らは患者さんの免疫反応を治療前に測定し、その結果に応じてペプチドワクチンを使い分けるという個別化療法に実績があり、やはり多数の免疫療法実施症例のサンプルを保有しています。これらを活かして、多くの免疫バイオマーカーの検証を進めます。がん患者で悪さをする免疫抑制分子(サイトカイン、IL-6)を抑える方法の免疫制御効果も検討する予定です。

池田裕明准教授(三重大学)の指定課題では、患者さんのTリンパ球にがんを見分ける受容体の遺伝子を組み込んで、がんを攻撃するTリンパ球を人工的に作製し、これを投与するという養子免疫療法を進めています。この治療法は強力な治療効果を発揮する可能性が期待されています。そこで、投与したTリンパ球の体の中での状態や投与した後の免疫の変化を測定する技術を開発して、より治療効果の高い養子免疫療法の開発に役立てる予定です。

中山睿一教授(川崎医療福祉大学)の公募課題では、がん細胞に比較的特異的に存在するがん精巣抗原のペプチドを用いたワクチン症例において、免疫バイオマーカー探しを進めています。がんは免疫を抑えてしまう作用が強いですが、このときに働くTリンパ球(制御性T細胞)を除去できる可能性のある技術の免疫制御効果を、臨床試験実施症例のサンプルと免疫バイオマーカーを用いて検討する予定です。

本チームの臨床研究の難しい点は何ですか?

河上 :免疫療法の有効性を予測するためのバイオマーカーの探索では、患者さんから提供していただいた臨床サンプルとして、血液、がん組織、がん周辺のリンパ節などを研究の材料に用います。これらの臨床サンプルは、各研究機関の倫理委員会の承認後に、患者さんの同意を得た上で使わせていただく、たいへん貴重なもので、良質なサンプルを集めること自体がたいへんです。また提供していただいた血液やがん組織は少量であり、比較的均質な動物実験と違って患者さんごとに異なります。そのため、多数の患者さんの少量のサンプルをうまく解析することが重要ですが、これはそう簡単ではありません。私たちも貴重なサンプルを決してむだにしないように、様々な工夫をこらして研究を進めています。

本チームの抱負をお聞かせ下さい。

河上 :日本には、がんの免疫分野の基礎研究で数多くの実績があり、これからは、その知見を臨床に活かしていくことが重要です。同時に、本研究のように、免疫療法の臨床試験から得られた臨床サンプルを用いた研究を行うことにより、動物実験では得られない、次世代の基礎研究につながる重要な知見を生み出すことができ、そこから、次の臨床に向けた新しい「タネ」も生み出されていくと考えています。

(2013年3月掲載)

河上 裕(かわかみ・ゆたか)

慶應義塾大学医学部先端医科学研究所 所長/細胞情報研究部門 教授
慶應義塾大学医学部卒業。医学博士。大学卒業後、国立大蔵病院内科に勤務。その後、慶應義塾大学医学部内科(血液・リウマチ・感染)助手を経て、南フロリダ大学、カリフォルニア工科大学、米国国立がん研究所の客員研究員として12年間米国で研究。1997年から慶應義塾大学医学部先端医科学研究所教授。2005年より、同研究所所長。2005年のThomson ISI調査で 高被引用著者に選ばれるなど、がんの免疫分野で先端的な実績をあげている。