本プログラムは平成28年3月31日をもって終了いたしました

TOP > インタビュー > 創薬基盤融合技術育成領域  分野長 東京大学 片岡 一則

コンテンツメニュー

関連リンク

文部科学省

独立行政法人 科学技術振興機構

インタビュー INTERVIEW / 革新的なドラッグデリバリーシステムの実現を目指して /DDS技術研究分野 分野長 片岡一則 東京大学教授

ドラッグデリバリーシステム(DDS)技術とはどんなものですか?

片岡:DDSと呼ばれる技術は広範にわたりますが、大きく3つの方法に分けられます。1つめは制御放出です。例えば、薬剤を高分子ゲルで包み、体内に投与して徐々に薬を放出させます。このような徐放性薬剤はいくつも実用化されています。2つめは薬剤の吸収のコントロールです。通常、口から入った薬は消化管を通り、大部分は体外へ排出されてしまいます。そこで、薬を長時間腸に留めたり、腸からの吸収を促進したりして、利用効率を上げるようにします。

そして、3つめは標的化です。1つめと2つめの方法は、薬が体に吸収されるところをコントロールするもので、吸収された後の行先はコントロールできませんが、3つめの方法では、体内に入った薬の行先を精密にコントロールすることが可能です。薬剤を標的(今回の場合はがん細胞)に集積させ、他の場所へは行かないようにするのが、標的化です。最近、薬の運搬体(キャリア)の開発が進んだため、この方法が実現しはじめました。我々の研究分野が目指しているのは、まさにこの標的指向型のDDSです。

本チームの目標を教えてください。

片岡:がん組織の血管は透過性が高くなっており、より大きな分子を取り込みやすくなっています。そこで、正常組織の血管は透過しないが、がん組織の血管は透過するサイズの薬剤を投与すれば、がん組織にだけ薬剤を送り込むことができます。このようなサイズを利用したDDSは原始的と思われるかもしれません。しかし、薬は人に投与するものですから、シンプルで、特別なリガンドなどを用いないですむという点で、非常に優れているのです。

ただし、サイズを利用するだけでは標的を狙うのに不十分な場合もありますから、特定の細胞に結合するリガンドや抗体を使用することも必要です。我々のチームでは、こうしたリガンドや抗体の研究を通じて、抗がん剤の特異性を高め、投与量を減らして毒性を低く抑えることを目標にしています。また、DDSをイメージング技術と組み合わせることで、「治療(therapeutics)」と「診断(diagnostics)」を同時に行う「セラノスティクス(theranostics)」を可能にする技術の開発も行っています。開発する技術のターゲットは、難治性のがん、転移がん、そして、がんの親玉と言われているがん幹細胞です。

本チームの各課題について教えてください。

片岡:私の課題では、おもに3つのテーマに取り組んでいます。1つめは、薬剤のキャリアとなるナノミセルに抗体を結合し、患部への薬剤の集積率を上げる研究です。この研究は、すでに前臨床試験まで進んでおり、私たちは臨床試験の方向性を決定するための基礎研究を行っています。2つめは、がん幹細胞を駆逐する薬のDDSです。既存の抗がん剤の多くは、がん幹細胞を死滅させることができません。そこで、がん幹細胞を標的とした新しい分子標的薬をナノミセルに搭載し、効率的にがん幹細胞を駆逐する方法を研究しています。3つめは物理的な刺激とDDSの組み合わせです。具体的には、超音波を照射すると活性酸素を発生するような薬剤をナノミセルに入れ、患部に集積させた後、そこを狙って超音波を照射します。この方法では薬剤耐性が出ない上に、薬剤がもともともっている抗がん作用以上の効果が期待できます。

本チームが取り組む課題の概要

本チームが取り組む課題の概要

東京大学の児玉龍彦教授の課題では、人工抗体と改変ビオチン分子を用いることで、イメージングとDDSが融合したセラノスティクスの実現を目指しています。この人工抗体は小分子抗体と改変ストレプトアビジンとの融合体で、4つの抗原認識部位をもち、適確にがん細胞のターゲッティングを行います。改変ビオチン分子は薬剤(造影剤/抗がん剤)と融合しており、また人工抗体と強固に結合する性質を持っています。これにより人工抗体が結合したがん細胞に集中的に薬剤を届けることが可能となります。この技術を応用し、ノイズの少ないイメージング診断法や副作用の少ない治療法をつくろうとしています。

京都大学の橋田充教授の課題では、糖鎖を利用した抗がん剤のDDSの開発に取り組みます。腫瘍血管内皮細胞に多く発現する「セレクチン受容体」というタンパク質は、特定の糖鎖と結合することが知られています。その糖鎖を結合させた脂質を混ぜると、表面に糖鎖をもったリポソーム(人工の脂質膜でできた小さなカプセル)ができます。この課題では、糖鎖修飾リポソーム投与後の生体反応を総合的に評価しつつ、抗がん剤を腫瘍血管選択的に届けるがん治療法の研究を進めます。

横浜市立大学の石川義弘教授の課題では、抗がん剤の薬効成分自体に磁性をもたせ、磁石の力でがん組織に誘導するDDSの開発を目指します。石川教授はある企業との共同研究で、抗がん作用をもつ磁性有機化合物を同定しました。この有機化合物の結晶構造解析により磁性発生のエッセンシャルポーションを同定できたことから、その知見に基づき、臨床で広く使われている市販抗がん剤に磁性をもたせる研究を進めます。磁性を利用したDDSのアイデアは以前からありますが、酸化鉄などの磁性粒子と薬をカプセルやミセルに封入するというものでした。それらに比べ、薬効成分自体に磁性をもたせるこの方法では磁性粒子やカプセルは不要となることから、薬剤の安定性や抗がん作用が格段に向上すると期待されます。

今後の抱負をお聞かせください。

片岡:これはまだ先の話かとは思いますが、DDSとイメージング技術が一体化した治療が普及すれば、個々の患者さんに合った薬を選ぶための、コンパニオン診断が実現するかもしれません。同じ抗がん剤でも、どの臓器に集積するか、転移先にも集積するかなどは、人によって違います。そこで、微量の薬剤にイメージングプローブをつけて「見える化」し、個人個人の体内での分布を調べれば、確実に患部に届く薬剤を選択できるようになるのです。

研究開発期間は短いですが、このような「未来のがん治療」も念頭に置きつつ、各課題の研究を着実に進めたいと思います。

(2015年7月掲載)

片岡 一則(かたおか・かずのり)

東京大学大学院工学系研究科/医学系研究科 教授
1979年東京大学大学院博士課程修了(工学博士)。東京女子医科大学助手、同講師、同助教授、東京理科大学基礎工学部助教授、同教授を経て、1998年より東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻教授。2004年より東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター教授を併任。抗がん剤を取り込んだナノミセルの開発をはじめ、バイオマテリアル、ドラッグデリバリーシステムの分野で顕著な成果をあげ、日本バイオマテリアル学会賞、高分子学会賞、Clemson Award, Society for Biomaterial、Founder's Award, Controlled Release Society、NIMS Award、文部科学大臣表彰科学技術賞、フンボルト賞、江崎玲於奈賞、高分子学会高分子科学功績賞、グーテンベルグ賞などを受賞。