本プログラムは平成28年3月31日をもって終了いたしました

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インタビュー INTERVIEW / 夢の薬の「タネ」を確実に見つけ出す / ハイスループット・スクリーニング支援基盤支援基盤・リーダー 吉田 稔 理化学研究所 ユニットリーダー

ハイスループット・スクリーニング(HTS)支援基盤は、どのような役割をもっているのですか?

吉田:本プログラムは、新しい抗がん剤や、がんを制御する方法を開発するためのプロジェクトです。日本発の新しい抗がん剤を開発していこうと考えています。そのため、現在、革新的がん医療シーズ育成領域の各研究分野が、抗がん剤の標的を見いだす研究をしています。標的として有望なのは、がんの「アキレス腱」となる分子です。

例えば、がんが大きくなるためには、多くの酸素や栄養分が必要となるため、がん自身が周囲の血管を呼び寄せます。そこで、この新しい血管をつくるために必要な分子をブロックすれば、がんが成長できなくなるのです。また、無秩序に複製を繰り返すと短くなってしまう染色体の末端を延ばしたり、染色体の構造を変化させて転移や浸潤に必要な遺伝子を働かせるなど、がん細胞は、正常な成人の細胞では見られないことを必要とします。このようにがん細胞はがんの性質を獲得し、維持するために特定の分子に依存していることが1つの特徴です。そういった分子ががんの「アキレス腱」であり、本プログラムにおける標的分子となります。

そこで私たちは、細胞の中まで入っていき、これらの標的を攻撃したり、ブロックしたりする小さな分子の抗がん剤を見つけ出そうと考えています。各研究分野の研究者が見いだした標的に対して、有効な低分子化合物を探し出すことが、HTS基盤が果たすべき役割です。

どのような方法で有効な化合物を見つけ出すのですか?

吉田 :日本には、いろいろな化合物を集めた「ライブラリ」があります。理化学研究所(理研)のライブラリには7万種もの化合物があり、また、東京大学に15万種、産業技術総合研究所にも35万種の化合物が保存されています。この膨大なライブラリの中から3万種を選んで化合物の基本セットをつくり、その中から有効な化合物を探し出します。必要があれば、東京大学、産業技術総合研究所と連携し、もっと多くの化合物をテストします。

どれが有効な化合物か判断するには、指標が必要です。そこで、私たちは標的を研究しているチームと話し合いながら、有効な化合物を精密に見分けるための最適な実験方法を組み立てています。

例えば、化合物が標的に結合することは、有効性を発揮する第一歩となります。そこで、IT技術を応用し、3万種の化合物をガラス基板にスポットしたケミカルアレイを作製しました。ここに標的となるタンパク質を加えるとタンパク質が結合した部分だけを光らせることができます。こうして瞬時に標的に結合する物質を見つけることができます。また、Aという物質とBという物質がくっつくとがん化に必要な反応が起きる場合には、両者が結合したときだけ光を放つような仕組みをつくっておきます。ここに化合物を添加したとき、両者の結合が抑えられると光が消えるので、その化合物が反応を抑えるかどうかがわかります。あるいは標的タンパク質を酵母細胞でつくらせると、酵母が死んでしまうような場合には、その酵母を生かす化合物を探すことで標的タンパク質の機能を抑える物質を得ることもできます。

こうした実験を一つひとつの化合物について行うのは、とても大変です。そこで、化合物を標的に加える分注ロボット(写真)やさまざまな検出器を使い、短い時間でたくさんの化合物について実験を行えるようにしています。これが「ハイスループット・スクリーニング(HTS)」です。理研の設備やこれまでの豊富な経験を活かして、HTSを進めていきます。

分注ロボット 384個の穴があいたプレートに、一度に別々の液体を注入できる。

もう一つの方法は、コンピュータ上でHTSをすることです。標的の立体構造がわかっている場合には、膨大な数の化合物の構造について標的の構造とぴったりと合うかどうかをコンピュータでシミュレーションして候補物質を選定し、それらが実際に効果を示すかどうかを確認していきます。

化合物を探索する上で、どんな戦略を考えていますか?

吉田 :理研のライブラリは、植物や細菌などがつくる天然物を中心に集められています。およそ3万種類の化合物が天然物由来とその誘導体です。天然物のメリットは、40億年の生命の進化の中で選ばれてきた物質であることです。天然由来の物質は、人間が合成した化合物と比べて、効果が強かったり、特異性が高かったりする特徴があります。

例えば、細菌が出す抗カビ剤や、植物が害虫から身を守るための毒物などの中には、真核生物の成長や分裂を阻害するものもあり、抗がん剤に使える可能性があります。真核細胞もがん細胞も成長や分裂のために共通して使っている機構があるからです。

ただし、天然物にもデメリットがあります。例えば、タキソール(一般名:パクリタキセル)はイチイの木から発見された抗がん剤です。しかし、イチイの木から採れるタキソールは非常に少量であり、発見された当時は、大量供給が難しい薬でした。一般に、天然物の構造は複雑な場合が多く、合成が困難です。また、薬としての効果や投与のしやすさのため、構造を一部変えようと思っても、思うようにいかない場合も多いのです。

このようなデメリットから、欧米の大手製薬企業は天然物から抗がん剤をつくろうとはしなくなってしまいました。しかし、こうした点は、むしろ世界と競争する上ではメリットになると考えています。天然物と合成物には、それぞれメリット/デメリットがあるので、それを見極めつつ、両方から探索していきます。

化合物のスクリーニングで、難しいところはどこですか?

吉田 :まず、適切なスクリーニングの方法を組み立てるのが簡単ではありません。組み立て方が悪いと真の「当たり」ではない擬陽性がたくさん出てきたり、逆にまったく「当たり」が出なかったりします。そうならないために、どういう現象を実験に使えばよいかを検討したり、「当たり」と「はずれ」の指標がきちんと分かれるような条件を事前に確立する努力をします。

もう1つ難しいのは、HTSでの「当たり」を次の段階につなげていくことです。次につながるかどうかの判断基準として、まず、化合物の構造があります。例えば、血中にあるタンパク質と結合しやすい構造をもったものは注射薬に使えないというように、化合物の構造や性質には、薬に向くものと向かないものがあるからです。

そして、もっと大事な基準は、「当たり」が生物の体内で効果を示すかどうかです。実験をうまく組み立てて、指標に沿った「当たり」が出たとしても、それは標的そのものに対しての「当たり」です。生体内でほんとうに作用を示すのかは、細胞や動物を使った実験で確かめなければなりません。しかも、製薬企業が興味をもつような化合物は、最低でも1リットルあたり0.1マイクロモル以下の濃度で効果を示すものですが、最初から十分に有効な「当たり」が見つかるのはまれなので、多くの場合、「当たり」の改良が必要です。そのためには「当たり」とよく似た構造の化合物を集めて、構造と活性の関係を調査し、改良のための手がかりを得ることも重要なのです。

細胞や動物を使った実験はPOC支援基盤が担当しますが、真の「当たり」が早く得られるように、私たちもPOC基盤と密接に連携し、精度の高いHTSを行っていきます。

HTS基盤としての抱負をお聞かせ下さい。

吉田 :HTSでの「当たり」の中から、細胞や動物での実験で生体内での効果が確かめられたものは、抗がん剤の「シード化合物」となります。このようなシード化合物の一部の構造を変えたものをたくさん合成し、その中から、動物を用いた前臨床試験に進む「リード化合物」を探すことになります。この段階になると、製薬企業の協力が不可欠になるでしょう。

HTS基盤は、創薬のスタート地点という重要な役割を担っており、1年間で10件程度のHTSを行うのが目標です。各研究分野の研究者と十分な議論をして、よりよいスクリーニング結果を出し、プログラムに貢献していきたいと思います。

(2012年7月掲載)

吉田 稔(よしだ・みのる)

国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センター 創薬・医療技術基盤連携部門 創薬シード化合物探索基盤ユニット ユニットリーダー/同センターケミカルゲノミクス研究グループ グループディレクター
東京大学大学院農学系研究科農芸化学専攻博士課程修了。農学博士。同大学農学部助手、助教授を経て、2002年、理化学研究所 基幹研究所吉田化学遺伝学研究室 主任研究員に。2008年より基幹研究所グループディレクター、2011年より創薬・医療技術基盤プログラムユニットリーダーを兼任。化学物質が生体内のタンパク質にどのように作用するかを調べる「ケミカルバイオロジー」の先駆者。大学院生時代に研究を始めたトリコスタチンAは抗がん剤の開発につながっている。